2018年1月13日土曜日

FMLAの書類に苦労した話

9月に父が亡くなって、その前後に溜めた職場のメールには何とか追いついたが、個人メールのほうは、追いつくどころかむしろ状況悪化傾向のまま、2018年に突入。

それでもこのところ、すこーしずつ遡って見ていっている。そんななか、下記のメールが出てきた。
病院の事務局に、FMLAこと、育児介護休業法に関する書類を依頼したのだが、病棟医も脳外科医も難色を示したとかで断られた。病棟医と直接話しても、別に家族が家で介護してるのでもなし、などと埒が明かず、再度事務局にメールした時のもの。ちなみに、その医師は、「何かで訴えられたら困りますから。」とも言っていた。子芋にはまったく理解不能だった。「何か」って何さ??

もしかしたら、世界のどこかで私と同じような状況の人がいるかもしれないと思い、参考までにコピペします。


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このたびは、診断書の件でご尽力賜りまして、大変ありがとうございます。

米国労働省のこちらの資料がお役に立つと思い、お送りいたします。

このページより、一部を訳します

The FMLA allows leave for an eligible employee when the employee is needed to care for certain qualifying family members (child, spouse or parent) with a serious health condition. 育児介護休業法は、従業員が重篤な健康状態にある子ども、配偶者、親といった家族の面倒をみる必要があるときに休みを取ることを許可するものです。
  • "Needed to care for" encompasses both physical and psychological care. It includes, for example:面倒をみる必要がある、の内容には身体的なケアおよび心理的なケアを含みます。たとえば
    • Providing care for a qualifying family member who, because of a serious health condition, is unable to care for his or her own basic medical, hygienic, nutritional or safety needs, or is unable to transport himself or herself to the doctor, etc.; (医学、衛生、栄養、安全のニーズ)
    • Providing psychological comfort and reassurance that would be beneficial to a child, spouse or parent with a serious health condition who is receiving inpatient or home care 重篤な健康状態のため入院または自宅でケアを受けている子ども、配偶者、親にとって有益となるような慰めや安心を与えること。

父は治療困難な病気と戦ってまいりました。全身的にも衰弱してきた状況を踏まえ、また医師の助言も踏まえ、私たち家族は父自らの生きる力を尊重し、その流れに逆らう治療はやめて、父自らの命の力を見守るという判断をくだしました。まもなく命を全うする父のそばにいて、父の好んだ歌を歌い、手足をマッサージし、楽しい思い出話をし、辛そうであれば使える痛み止めががないかと医療チームに相談し、そうして少しでも安楽にこの人生を卒業できるようにサポートし続けるのが私たち家族の仕事です。これが心理ケアでないとしたら、何が心理ケアでしょうか。助けてください。

お願いしておりますのは、父が重篤な状態にあるのだということをご証明いただくことです。

重ね重ね、よろしくお願い申し上げます。

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幸い、このメールを送った後、書類を書いてもらうことができた。事務局の担当者は人間の心があるかんじの方だったので、医師たちと子芋との板挟みになって、さぞ大変だったろう。

2017年11月27日月曜日

リタイヤ後に住むならどこ? 1位はピッツバーグ

定年後に住むのに人気の都市(米国内)のランキングで、ピッツバーグが1位になったそうな。
医療と文化が充実していながら、交通渋滞や家賃が決して悪くなく、というのは、別に定年後の世代だけでなく、留学生を含め若い人にも住みやすいと思う。

https://www.dailysunny.com/2017/11/22/news1122-9/

2017年11月26日日曜日

Black Friday のサイクリング


 Thanksgiving Day から一夜明けて、金曜日は俗にいうブラック・フライデー。
あちこち買い物合戦が繰り広げられているそうなんだが、素晴らしい晴天で、かつ寒すぎず、すいていて、サイクリングにはもってこいであった。

家からHot Metal Bridge経由で、川沿いを McKeesport まで。(この地図には家からHot Hot Metal までの道のりは省略してます。






帰りはHomestead で I made it!  というクラフト展でカードとドーナツを買った。(手芸・木工・チョコレート・化粧品など、いろいろあった。)

今回の一日の走行距離約50㎞あまり。昔、四国は小豆島を一周したときよりは短かったもよう。

翌日筋肉痛になるかとおもったが、それはなし。ただし、最後の10㎞くらいはお尻が痛くなったのが辛かった。本当は Montour Trail を2日がかりで走ろうというのが当初の意気込みだったんやけど、張り切りすぎなくてよかった。





2017年11月19日日曜日

晩秋のドッグシッター

小雪舞うなかでの散歩。
犬にも赤いジャケット。子芋とちょっとおそろい。

2017年11月18日土曜日

死ぬときは、誰でも、血圧が下がりますよね

妊娠中の経過やお産の経過というのは、正常であっても、ものすごく劇的な変化があるものだ。そして、変化を前に、人は不安になる。当然だ。未経験のことだから。

助産師として働いていた時、これから迎えようとする変化がどういうものであるのかをあらかじめ説明したり、刻々とすすむ変化をそばで見守るのが大きな仕事であった。正常な変化については、「順調です、これでいいんですよ。」と伝え、異常な変化については、初期の段階で見つけて大きな問題にならないように先手を打つ。そして、正常以上にかかわらず、変化&新しい経験に伴う気持ちの揺れも丸ごと受け止める。

ナースプラクティショナーとしても、この基本的姿勢はまったく一緒だ。病状あるいは回復の経過について予測されることを伝えたり、経過が予想通りであるかを見守ったり、思い通りにならないフラストレーションを聞いたり。たとえば、思春期や更年期の変化、風邪と風邪以上の変化、など。

父の死期が迫ってきたとき、こういうガイダンス、(小児科でいえばanticipatory guidance も入るね)を上手にやってくれる人が医療チームにいたらよかった。

脳神経外科医は、この心がある人だったが、非常勤だったので、滅多に会えなかった。

病棟医やナースたちは、血圧が下がることを何よりも恐れているようで、たとえ血圧が下がろうとも苦痛を最小限に、という子芋の希望とは相いれなかった。

「最期はだれでも血圧が下がりますよね。」と子芋が医療チームに訴えてもなお、
ボルタレン坐薬の増量やフェンタニルパッチの増量も拒まれた。
3日使用のフェンタニルパッチの増量に関しては、「明日の張替えのときに、増量しましょう。」と。子芋は「今日」の話をしてて、父に明日はないかもしれないのに。(そして実際その日に亡くなった。)

ともすると、おろおろとしがちな家族のまえで、子芋が、
「お父さんは順調よ。」
父に対しても、「お父さん、大丈夫だよー」「それでいいよー」
と言い続けるのは、正しいことを言っていると思っていても
医療チームと反対のことを言っているので辛かった。

お産と違って、「順調な」死への経過は、決して見ていて心地の良いものではないけれど、そこになお存在する 「正常なプロセス」を 一緒に並走してくれる医療者がいたら、心強かったと思う。

もう測れなくなってきた血圧を、一生懸命測ろうとしてくれたナースたち。申し訳なさそうに、もう測れません、と言ってくれた。
「血圧測定卒業!」というのも変だが、
命がその段階にきたことに対する対応の仕方は、違う方法があったんではないかなぁ。

一人だけ、私たち家族の気持ち・希望というものに一歩踏み込んで向き合ってくれたナースがいた。子芋はこの人のおかげで頑張れた。



2017年11月17日金曜日

年末年始計画

年末年始、とまとまんと子芋が帰国する代わりに、母がピッツバーグに来るのはどうか、と誘ってみた。妹は、「あ、じゃぁ、私も行こうかな。」と乗り気だったが、母は「今回はいい。」というので、子芋も「そうか、じゃ、私も今回は帰らんよ。」と言った。

言ってから、あらま、言っちゃったーと、自分でもびっくりした。

母は、同居の祖父、施設にいる祖母のことが気になって、ピッツバーグ行き、という気になれないんだと思う。一方、子芋は、この1年3回帰国して、とくに一番最近の帰国時の経験からまだまだ癒えてない。この年末に帰ることは母のためにはなるかもしれないけど、自身の恢復のためにはならないと判断。

毎月手伝いに行っている妹夫婦には申し訳ないが、しばらくは自分の酸素マスクとサヴァイヴァルを頑張る。

2017年11月16日木曜日

父が亡くなったことに関する、周りの人々の反応の違い

父が亡くなったことに関して、

日本でよく言われたこと:

  • ご愁傷さまです。(決まり文句ではあるのは知っているけど、とても距離を感じた。)
  • これからどうするの? (まずは悲しみます。でも質問者の言外の意図を感じて、プレッシャーを覚える。)
  • いつ帰ってくるの? (さらにプレッシャーを覚える。)
  • お母さんをしっかり支えてね。(支えてないかな? まるでこの世には妹と子芋との2匹しか残っていないかのようなプレッシャーを覚える。)



アメリカでよく言われること:

  • I'm sorry for your loss.
  • Your dad will always be with you. 
  • Take him with you in your daily life. 
  • He will always live on in you.
  • How's your mom doing? How are YOU doing?




通夜や葬儀で出会った人々は、両親とゆかりの強い方々で、一方、アメリカにいる私の周りの人たちは、私の両親に会ったことのない人が圧倒的に多いので、それも必然的にコメントに影響したとは思う。


日本では、人々のコメントは、夫を亡くした母を思いやる言葉がとても多かった。
妹と私が母を支える役目、というニュアンスのコメントが多く、「私も父を亡くしたんですけど!」と思ったよ。言えなかったけどね。